大学美術教育学会2008 高知

北方圏の森の思想  フィールドワークによる空間造形

北海道教育大学 坂 巻 正 美

 北海道を拠点に、広く北方圏を俯瞰しながら、先住民の古い生態系文化の痕跡を探訪し、空間造形作品の発表を続けている。北海道のアイヌ、東北のマタギ、北米北西海岸のハイダ、ロシア極東アムール川流域のナナーイ、ウデへなど、取材先で出会う語り部との対話により、作品を構想していく。フィールドワークのドキュメントを造形素材とする空間表現の試みである。現場で入手するオブジェや物語などに感じられる土地の記憶を、テキストと映像記録を交えて作品化する。一連の創作の始まりは、北海道や東北地方でアイヌ(fig.1) やマタギ(fig.2)、山伏(fig.3) に伝わる儀礼など、森を背景としたクマ文化からインスパイアされた作品(fig.5~6) である。

 北海道や東北に伝わる古い狩猟採集文化やそれにまつわる信仰、儀礼、神話などには、ユーラシア極東から北米北西海岸沿いまで、環北太平洋北方圏に弧を描いて広がる地域に暮らす先住民の間で似通った内容が見られる。実際のフィールドワークでは、2007 年に訪れたカナダ・クイーンシャーロット島のハイダ族(fig. 4) や2008 年9 月に取材したアムール川流域の先住民にもクマを神聖視(fig.7)する言い伝えや儀礼が多く見られた。日本の東北と北海道は、広く北方圏地域の古い森の文化を共有するといった考え方があり、それを現地で実感しながら、先住民の猟師等の案内で森を歩き、作品素材収集をしている。環北太平洋北方圏に連なる弧の空間へのフィールドワークによる空間造形は、まだスタートしたばかりだが、此所、北海道からオホーツク海を経てユーラシア極東、北米へと繋がる「森の思想」を表現するものである。この一連の作品から、森と人とが交感することに関する創造的な解釈が生じ、かつて人々が神話から得ていた精神的糧のイメージが再生され、新たな形で現代に機能することを願って制作を続けている。

作品

(fig.5)

「けはいをきくこと…北方圏の森の思想Ⅰ」(fig.5)

 この空間造形作品は、森と人とが交感することに関わるイメージの創出であり、古人が神話から得ていた精神的糧を現代に再生し、新たな形で機能することを願って設えた。アイヌの山の神である罷をモチーフとした作品映像、岩手県花巻市に伝わる早池峰山伏神楽の権現像( 吉田功氏作)、花巻市出土の縄文の熊意匠を模した土器、この3 点のオブジェによるインスタレーション作品である。
映像作品では、東北の森の精神と関係を結ぶもう一つの森を映す。北海道音威子府の森である。この森と里との境界には、一棟の離農した農家の納屋がある。そこは、開拓の痕跡を残しながらも森に戻りつつある場所。この映像は、そこで起きた出来事を空間造形した作品記録(fig.6) である。

  • 作品

    fig.1

  • 作品

    fig.2

  • 作品

    fig.3

 北海道と同じ北方文化圏にある東北のこの地では、「なめとこ山の熊」の物語が生まれている。この物語は、アイヌの熊送り儀礼をモチーフとして、古の森と人との 関係が賢治のイメージとして現代に再生されたとも解釈されている。熊の棲む里山を抱えた町、花巻市では、早池峰の山の神、権現舞が継承されている。
ここに展示されている権現様は、大償流土沢神楽顧問の吉田功氏の作品である。私は、このシシ頭を熊頭と見る。マタギは、熊をイタズやシシと呼び、狩猟後、山の神迎えの儀式では、その頭に山の神が宿るとして崇めてきた。アイヌも羆を山の神として神送りを行う。ここに設えた空間は、北海道音威子府の森の精神と東北の森の精神とが、神話的な時間を経て現代に結びあう場である。縄文人は、しょっぱい河(津軽海峡)を行き来していた。私もこの河を渡り、山の神を訪ねて東北の取材に通った。早池峰山麓の古い地層には、熊意匠の神器の痕跡が残されている。それを、モチーフに握ね上げた土器には、早池峰神社の蜂蜜を満たし、山形の小国で行われた「熊まつり」の日にマタギから譲り受けた熊の牙を入れた。東北と北海道は、古い森の文化を共有している。それは、オホーツク海を経てユーラシア、北米へと繋がる北方圏の「森の思想」である。「けはいをきくこと」シリーズは、壊れかけた現代社会の空間を再生するイメージの創出を目指し、フィールドワークとそこで出会う協力者とともに制作を続けている。

「けはいをきくこと…'05・5・5」(fig.6)

この作品では、その場で手に入る材料を用いた。羆は、作品取材中、森を突き抜けて走る列車にはねられ、その亡骸が私のもとに届けられた。ホワイトキューブとして設えた空間は、農業用消石灰と敷地内を流れる川の水で納屋の厩部分を塗り固めた。この離農地では、夏の問、養蜂家が蜂蜜を採集する。蜜蜂の巣、つまり蜜蝋は、森の植物の結晶であり、この森でひと夏に取れるのと同量を床に敷きつめた。映像中の空間は、森の言葉を聞き取る装置として設えた。

作品

(fig.6)

  • 作品

    fig.4

  • 作品

    fig.7

  • fig.1 北海道恵庭市、イザリ川本流の岩屋に設えられた熊送り場
    fig.2 山形県小国町小玉川集落のマタギによる「くま祭り」
    fig.3 岩手県花巻市大迫町岳集落の早池峰山神社に伝わる「山伏神楽」
    fig.4 北米北西海岸、クイーンシャーロット島、ハイダ族のポール
    fig.5「けはいをきくこと…北方圏の森の思想I」 2006 年
    H.185cm × W.260cm × D.380cm
    映像( 罷、蜜蝋、蜂蜜、消石灰、頓別坊川の水、家畜小屋跡、音威子府の森)
    ・土器・蜜蝋・蜂蜜・ツキノワグマの牙・早池峰山伏神楽の権現像( 桐、漆、金箔、麻布、藍染め他)
    岩手県花巻市東和町土沢地区・雲流庵( 再生民家)
    fig.6「けはいをきくこと…'05・5・5」  2005 年
    H:240cm × W:350cm × D:530cm( 小屋内造作部分)
    震、蜜蝋、蜂蜜、消石灰、頓別坊川の水、家畜小屋跡、音威子府の森
    北海道音威子府村箆島地区北海道大学中川演習林入り口・旧満保農場跡
    fig.7 ロシア国立極東自然誌博物館、アムール川先住民、クマ儀礼展示

    <参 考 文 献>
    中沢新一 著、「熊から王へ カイエ・ソバージュⅡ」、講談社
    2005 樹を語り作品展カタログ
    街かど美術館2006 アート@つちざわ<土澤>カタログ
    佐藤孝雄 編、「シラッチセの民俗考古学」、六一書房
    天野哲也・増田隆一・間野勉・坂巻正美 他、全19 名著、「ヒグマ学入門」、北海道大学出版会
    ゲーリー・スナイダー 著、「野生の実践」、山と渓谷社
    浅川泰 著部分、「センス・オブ・オトイネップ」、2005 樹を語り作品展カタログ
    坂巻正美 著、年報いわみざわ29 号(2008)「カナダ・クイーンシャーロット島探訪」

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