artworks

けはいをきくこと・・北方圏における森の思想 IV

けはいをきくこと・・北方圏における森の思想 IV

H:1500cm×W:約500cm(サイロ内空間)
ヒグマ毛皮(頭部のみ剥製)、映像、ヤナギ科の樹木、プロジェクター、電球
2010年10月16日~11月1日 北海道大学総合博物館、旧札幌農学校第二農場(国指定重要文化財)/札幌

This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number 20520103. Grant-in-Aid for Scientific Research(C)

旧札幌農学校第二農場牧舎(重要文化財)及び北海道大学遠友学舎における空間造形
Installation "To Sense an Indication・・・Idea of Forest in the North IV"
Key Words:フィールドワーク、場所の歴史性、インスタレーション

はじめに

これは、近年継続的に制作を続けているインスタレーション作品「けはいをきくこと・・・北方圏における森の思想」シリーズ3~4作目の展示記録である。2010年10月16日~11月4日にかけ、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院の依頼を受けて北海道大学総合博物館の協力を得ながら作品発表を行った。展示会場は、北海道大学構内にある旧札幌農学校第二農場(fig.1) 及び遠友学舎(fig.2)である。旧札幌農学校第二農場は、通称モデルバーンと呼ばれ、国指定の重要文化財として保存されている歴史的建築の牧舎や石造りのサイロなど、北海道開拓期、農業施設の文化財展示エリアである。遠友学舎は、公開講義や講演会等に利用される北海道大学の多目的施設であるが、その名称は、札幌農学校卒業生で同校教授となった新渡戸稲造が開いた「遠友夜学校」に由来する。両会場とも、いわゆる北海道開拓期の象徴として重要な意味を持つ場所である。
空間造形作品は、場所の意味を含む表現である。旧札幌農学校第二農場の作品(fig.3)では、造形材料としてヤナギ科の樹木とヒグマの敷皮の他、プロジェクターで投影した映像を組み合わせた。映像は、開拓以前の面影を残す北海道大学中川演習林の森や川を背景に廃屋の納屋を使用して展示発表したインスタレーション作品の記録映像である。旧札幌農学校第二農場にあるサイロ内の円形壁面に投影した。遠友学舎では、北海道大学の森を背景としたガラス壁面に設置した写真作品(fig.4)の展示である。本稿では、作品のイメージやコンセプトに関係して、会場の鑑賞者との対話から得られた作品解釈を中心に紹介したい。

旧札幌農学校第二農場牧舎(fig.1)、サイロ内での展示(fig.3)について

ある鑑賞者は、この作品空間を構成する造形素材の要素として、旧札幌農学校第二農場をいわゆる北海道開拓の本拠地としての場所だと解釈し、それ以前の北海道の原始の森や先住民の視点から眺めた風景との対比で見えてくるものがあると言う。写真(fig.1~4)でご覧の通り、場所と造形素材の持つ意味を読み取り、それらを対比的にみる解釈からは、作品空間の構成の中に当時の欧米式近代農法による原生林の破戒、先住民文化や植民地化などがイメージされるのだろうか。北海道という場所の歴史性からの解釈は、深く読み取ればそのようなイメージも浮かぶであろう。このように鑑賞 者の作品解釈によって、作品は一人歩きしていく。場所を素材とした表現は、その場所の歴史性を含む解釈により、鑑賞者のイメージを深く大きく動かしていくことがある。しかし、作品はイメージそのものを空間構成としてそこに表現するのみであり、ある一つの解釈を成り立たせようとさせるものではない。このことは、自由に芸術を楽しむ鑑賞者の皆さんがよくご存じの通りである。むしろ、作者のコンセプトやイメージを超えて作品は一人歩きしていくことが、芸術作品が発揮する力であろう。だが本論は、この作品の解釈の広がりや発揮する芸術的な影響力について検証するものではない。ここでは、私の作品構想と重なる解釈の一例について取り上げてみた。これが、本作品のイメージを狭めることにならぬよう、本論はある鑑賞者の一面的な解釈を話題に、作者・鑑賞者間に起きた対話として受け取っていただきたい。全ての芸術作品は、作者のイメージを各鑑賞者によって感受・直感され、多様で自由な解釈が加えられ、一人歩きしていくことを望むものである。
では、私がこの作品において、クマの敷皮を北方に自生するヤナギ(注.1)科の樹木と組み合わせ、このような形に設えたのは、アイヌ民族のみならず東北のマタギやユーラシア極東、北米大陸の北方系先住民の狩猟採集文化や動物儀礼についてのフィールドワークがイメージの源泉となっていることは、既にこれまでの報告(注.2)で述べてきた。作品イメージの中には、ロシアやアメリカ、日本といった近代化を推し進めてきた巨大先進国に翻弄されてきた辺境(注.3)の少数先住民が持ち続けてきた自然と人間の関係についての叡智(注.4)を讃える思いが含まれている。この古の森の叡智は、崩壊を辿るような終末論的イメージを放ちながら突き進む現代社会に対抗する方法を備えていると考える。本作品発表では、旧札幌農学校第二農場の展示空間を得、この土地の先住民が森の神として祀るヒグマが開拓時代の文化財と組み合わせた空間造形を表現することで北海道植民地化のイメージと偶然対比されることになった。このことは、私も作品制作の依頼を受けた段階で意識せざるを得ない展示構想となった。
私が近年継続的に制作を続けているインスタレーション作品「けはいをきくこと・・・北方圏における森の思想」シリーズは、自身の生活拠点である北海道を背景とする場所の歴史性を軸に、歴史的にも気候や植生等、環境的にも関係の深い北方圏における古の生態系文化をフィールドワークすることによって作品構想し制作する表現である。古代から北方圏における少数先住民は、狩猟民として自然の仕組みを熟知してきた。その伝統は、現代まで受け継がれてきた。
人間の大集団化は、森を農地や大集落に変え、大量の食物や財産を蓄え、戦争や食糧危機への道を辿ってきた。すなわち巨大な国家システムは、自然環境に対抗し、全ての生命をバランス良く維持していくことと逆行する仕組みであることは、我々の現代社会が証明済みである。このことを、少数先住民社会は親族単位の小集団で生活し、狩猟採集文化の中で経験的に熟知(注.5)してきていた。故に、少数の集団を維持しながら厳しい自然の中、豊かな生態系文化の伝統を守り、今に継承し得たのだ。しかし、近代化や現代のグローバリゼーションの勢いは、豊かな生態系文化の伝統的生活とその叡智をも巨大国家システムの中に飲み込んでいく。そして、今、森の叡智は確実に消えかかっている。本作品についての対話は、このような視点からのものが多く、作者がイメージするところを発展させてくれる多くの鑑賞者により、作品が育てられていくことに感謝したい。

遠友学舎での展示(fig.2)

この作品「けはいをきくこと・・・・北方圏における森の思想 Ⅲ(ふるまいかた その2)」(fig.4)は、人と動物の関係における作品である。この作品については、既にべつの報告(注.6)でも紹介しているが、作品その1の続編として発表の場を得たのは、これが初めてである。この土地、北海道におけるクマ儀礼が、本邦、東北地方の森の文化やロシア極東及び北米大陸における先住民の文化(fig.4~7)と重なる思想であることをイメージした作品である。森の生命力を授かる儀礼や思想についてフィールドワークとインフォーマントからの聞き取りにより、そのイメージを形にした作品である。旧札幌農学校創立以前の古の森を想起させる大樹を背景に空間造形できたことで、空間から受ける印象をより強くした。

まとめ

今回、本稿で紹介した2作品は、造形素材と場所の歴史性との関係から作品の意味が読み取られ、両者の対比による鑑賞者の解釈から、ここで取り上げた対話が得られた。本作品シリーズにおける今後の作品展開について、考えを深めていく機会となる発表であった。私の空間造形作品も、鑑賞者の歴史実践(注. 7)と共鳴していきたい。

《 参考文献等 》

(注.1)ヤナギは、イナウ(木幣)としてアイヌの儀礼に用いられる
(注.2)・作品「けはいをきくこと・・・北方圏の森の思想」先住民文化探訪から彫刻概念の拡張へ
 〈第25回北方民族文化シンポジウム報告書「現代社会と先住民文化 ―観光、芸術から考える―②」北方文化振興協会〉( 頁:43-48 )、2011年3月
 ・大学美術教育学会(高知・愛知・東京大会)ポスター展示「けはいをきくこと・・・北方圏の森の思想Ⅰ~Ⅲ」、2008年~2010年
(注.3)テッサ・モーリス=スズキ 著『辺境から眺める アイヌが経験する近代』みすず書房、2000年
(注.4)ゲーリー ・スナイダー 著『野性の実践』山と渓谷社、2000年
(注.5)中沢 新一 著『熊から王へ カイエ・ソバージュ(2)』 講談社、2002年
(注.6)大学美術教育学会(東京大会)ポスター展示「北方圏の森の思想Ⅲ」、2010年
(注.7)保苅 実 著『ラディカル・オーラル・ヒストリー ―オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』御茶の水書房 、2004年

《 写真 》

(fig.1) 旧札幌農学校第二農場(http://www.hokudai.ac.jp/agricu/mdlbarn/mdltop00.htm)
(fig.2) 遠友学舎(http://www.hokudai.ac.jp/bureau/info-j/enyuu.htm)
(fig.3)「けはいをきくこと・・北方圏における森の思想 Ⅳ」、2010年
 寸法:約5m×15m(サイロ内空間)
 素材:ヒグマ毛皮(頭部のみ剥製)、映像、ヤナギ科の樹木、プロジェクター、電球
(fig.4)「けはいをきくこと・・北方圏における森の思想Ⅲ (ふるまいかた その2) 」、2010年
 寸法:約178㎝×70㎝×5点 (作品本体部分寸法)
 素材:写真,アルミパネル
(fig.5) ロシア極東・カムチャッカ半島カイナラン村、先住民コリヤーク、移動式住居(2011年8月、フィールドワークの記録)
(fig.6) ロシア極東・カムチャッカ半島アナブガイ村、先住民エヴェン、トナカイの舞(2011年8月、フィールドワークの記録)
(fig.7) ロシア極東・カムチャッカ半島サスノフカ村、先住民イテリメン、地下式住居内部(2011年8月、フィールドワークの記録)
〈fig.1~3:撮影 山岸せいじ〉

〈本発表は、科研費・基盤研究(C)課題番号:20520103の研究成果である〉
造形した作品記録(fig.6) である。